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diary

 

 

2013/07/24(wed)

就活って会社とのお見合いだとか言うけれど、それは違うって思う。相手は褒めなきゃいけないのに、じぶんは褒めて貰えるわけでもなく、ただイエスかノーかを突きつけられるだけであまりにもフェアじゃないし、疲労感だけがものすんごいの。

そもそもお見合いって1対1か親とか味方に付けての2対2とかでしょ?1人で3人とか4人とかを相手にしなきゃいけないんだから、やっぱり違うって思う。会社だけでなく、その会社で働く人にも媚を売らなきゃいけないんだもの。敵が多すぎません?

会社という具現化出来ない組織の一味なのだから、その人たち一人一人も会社なのだろうし、って遺伝子とか原子とかみたいな考え方をすればいいのかしら。そうしたら遺伝子が出会って一つになるのだから、あれ?なんだか男女のお話?お見合いっぽいかもとか思えてきた。

とはいえ、「御社の企業理念に共感いたしまして~」とか「御社のうんたら」で語られる勉強してきました自慢とよいしょは聞いていて恥ずかしいし、その覚えてきた内容は働く上でなんの役にも立たない。そんな事はみんなわかっているはずなのに、何故か挨拶代わりにそんなことを聞く。モテる男みたいなスタンス?そして私は都合のいい女?いやいやいや。

だから、断固対抗して私の就活と言えば、媚を売るのはきっぱりやめて、とりあえず働きたいというシンプルな理由だけを携えて面接に挑んでいた。「何でうちの会社受けようと思ったの?」っていう何て答えれば正解なのかもわからない質問には笑顔で「どこでもよかったんですよねー。」と言ってしまう。「とりあえず仕事したいんですよ。無職なので。」とたたみかければだいたいみなさんぽかんする。でも、建前作るよりそっちのそうがよっぽど誠実で信頼がおけそうじゃない?

はっはっはっ!君面白いね。いいキャラしてるね。そういうところいいよね。って拾ってもらえたら、それで構わないと思っていたらちゃんと拾ってもらえたし、敵をいっぱい作ってもピンポイントで響いてもらえれば大助かりだし、精神衛生上もとってもいいと思うんだ。

無駄な努力はしたくない、効率主義、疲れたくない、我慢したくない。ゆとりが爆発してて、どうしようもないように見えるかもだけど、それが私の流儀よ!流儀なんてって言っちゃうとかっこいい!!


2013/07/23(tue)

美容室でどうにかならないかと思うことがある。1番毎回苦戦するのは、シャンプー台で、椅子を倒された時の首の位置。もうちょう上かな?下かな?ってお尻をズリズリしてしまう。これってあるある。

シャンプー繋がりで言えば、痒いところありませんか?の質問には何%の人がここが痒いですって答えるのだろうか。更には、すすぎ残しはありませんか?という所まで聞いてくる人がいるが、自分の頭皮はすすぎ残しの有無まで感じ取れるほどの繊細さは持ち合わせていない。鈍感なのは私だけ?お湯の温度の確認も然り、シャワー中は半ば強制的に「大丈夫です」と答えなきゃいけない無意味なコミュニケーションが多い気がする。

でもそんなモヤモヤなんて吹っ飛んでしまうくらい、人にシャンプーしてもらうのって何であんなに気持ちいいんだろうかと、素敵な疑問で包み込まれちゃう系女子。希望通りの髪型に整い、髪の毛がツルツルになって、幸せがいっぱいになる頃には、少しの不満など隅に追いやられ、また来まーすとニコニコしながら髪のお披露目をしに外へと繰り出すのだった。


2013/07/22(mon)

メールで「ありがとうございました」と打ってから後ろ2文字を消して「ありがとうございます」と打ち直した。そういえば、愛され女子は感謝の言葉は過去形にしないって書いてあったのを思い出したのだ。

人に話し掛けたり会話をする時は、相手の名前をちゃんと呼んだほうが良いとか、聞きかじったようなテクニックをそれとなく実践しては相手の反応を見てニヤニヤするタイプが私である。

性格が悪いのだけど、やってることは相手が喜ぶことであるのだから、表面的にはすごく社交性と女子力に満ち溢れてた優等生だ。これで自分のキャラではない部分を拡張しすぎて苦い思いもしているのだが、染み付きすぎているし、辞められる気配もない。

この間、ひょんなことから某有名作家様にこんな私の行動についてぶった切っていただきました。自分に自信がないんでしょとズバッと。そりゃあ、切れ味抜群に。

そうだ、自信がないんだ。ありのままをさらけ出せる勇気と自信。えっと…それはどこに売っているんですか?

自分を見失うとはまさにこのことである。


2013/07/21(sun)

人生は悪い事と同じ分だけ良い事があるとか言うけど、そんなのは絶対に嘘だ。私はなんとなくいつも貧乏くじばかりを引いて損をしてしまうタイプの人間である。だから何故か幸運を引き寄せいつも得をして生きている人たちに羨ましさと眩しさを感じてしまう。そういう人たちの周りにはいつだって沢山の人やコミュニティが存在して、充実感に溢れているのである。私は自分では普通にしているつもりでも、取っ付きにくい思われたり、変な子と思われることが多く、人に好かれる経験すらない。ただ、性格が悪いからだと最近では開き直るようにしているせいで、あまりその事が気にならなくはなってきた。ある意味重症かもしれないのだが。

……とここまで書いて、止めた。ちゃっかりしてる女の子になる為のhow to本のブックレビューを書くにあたって、書き始めたのが上の文章。しかし、あまりに僻みっぽくて、病んでるっぽくて、悲しい気分になったから最初から書き直したけど、ファーストインプレッションを押し殺して、浮かれた言葉を並べるのはもっと淋しかった。

人生は選択の連続。けど、どっちを選んでも、選ばなかった方を羨ましく思ったりするもんだ。正解も不正解もない。自分の信じた方へ全力で進むしかないのだ。っていう啓発本のようなまとめでご納得いただけるだろうか。

やりきれない。


2013/07/20(sat)

未だに運命の人とか言っちゃってる?

NO!って言えたら良いのだけれど、ほらやっぱり恋愛お休み期間が長くなる程「理想は高くないんだけどな」と自分に言い聞かせつつも身構えて、「あの人のあんなところがダメ」「あの人とはなんか合わないのよね」て注文ばかりが増えていくの。待ちに待って出来る恋人には妥協したくなくなる気持ちはあって当然でしょう?

これは「結婚願望の強い人程、結婚できない」という私の持論の一端。結婚相手を選んでしまうあまり恋人へのハードルが高くなってしまい恋人すら作れなくなる。さらに、婚期を逃してしまうという焦りから結婚願望は募り負の連鎖に陥ってしまいがちなのだ。

だけど私は「あと2年くらいで結婚したい」とか現実味がどんどんなくなっていくような発言で自分自身を縛り付けているのが、逆にスリリングで快感。

これは、あれね、なにかの病なんだわ。


2013/06/13(thu)

もう1ヶ月も前の話になるが、私が友達と飲んでる時にたまたま隣の席に居合わせた大学生の男の子と飲む機会があった。男子大学生というのは私にとって新鮮で、というのも私は大学生の時は女子大だったので、そもそも知り合うことがなかったのである。若い男の子っていいわねぇって、大して年齢変わんないじゃんと突っ込まれながらも、何度も口にしていた。21と24じゃ全然違う。24ってもう20代のベテランにさしかかってくるのよね。

一緒に飲んでいたのは、動物に例えるとラクダとアリクイに似た2人組。アリクイ君は小気味良く1人でお喋りが出来る少しおバカな子で、ラクダ君はそれに頷きながら時々ツッコミを入れるようなとてもいい関係だった。

静かに飲みながら、煙草の煙が私たちの方に来ないように手で払いながら吸ってくれる紳士なラクダ君。実は全然チャラくないんだよって言いながら腰に手を回してくるやんちゃなアリクイ君。対極にいるはずなのに、両者ともモテそうな感じがした。人の好みというのは主観で、また様々である。だけど、初対面でその感想を持つのは、結局ビジュアルに重きを置かれることになるからであるのだ。そう確かに、2人ともカッコよかった。

見た目がいいと、最初の評価が高くなるだけに内面追いつかなくなってガッカリされることが多いから、なんとか頑張って磨いて欲しいなって弟を見るような気持ちで過ごしていたら、あっという間に時間が経っていた。若いエキスご馳走様でした。しかも奢ってもらうっていうおまけ付き。大好き。


2013/06/12(wed)

知り合いの方からの誘いでブックレビューを書くバイトをする事になった。本の感想と言えば、小学校の時の夏休みの宿題で必ず出た読書感想文を思い出す。私はこれが大の苦手だった。だいぶ苦労した経験がある。何をどう感想にしたらいいのかがさっぱりわからないのだ。「面白かった」「つまらなかった」では一向に原稿用紙は埋まらないし、かと言って引用をし始めるとキリがない。

感想文に対する苦手意識、それが解消したのは高校での作文の授業だった。新聞社の記者さんが講師となり、指定の文章を読んで自分の考えを書くというものであった。これまで感想文の感想という部分に意識が集中し、私はその作品のフィールドから出られなかった。論じるという形式で自分の考えを書くということは私の中の視野を一気に広げた。自由になった気がした。先生に自分の書いた文章を褒められるのは鼻が高かった。

また、現代文の授業においても、物語や論文などを読み、要約と要旨を指定文字数で書くという課題が何度も出された。一応要約と要旨の違いについてだが、要約は文章をコンパクトにすること、要旨は内容をまとめること。このことからもわかるように、文章の書かれた意図や重点、目的を理解する力が求められる。これが書けると、応用が効く。これらをベースに自分の感想や考えを挟んでいけば立派な感想文に仕上がるし、自身で調べたデータなどを付け加えれば論文としても成立する。

学校は大嫌いだったけど、そんな基礎を築かせてくれた教育カリキュラムに今はとても感謝している。大学でも論文を書く講義を受講し、毎回出る課題に必死になりながら文字を綴った。

文章は書くことでしか磨かれない。そう実感してきたから、私は今日もくだらないネタをそれらしく書いてみたりするのである。ノンフィクションのネタが切れたらフィクションを作ればいいわ。(マリーアントワネット風に)


2013/06/10(mon)

私の人生にはイベントが多い。それも良いイベントではなく、両親が子供達が寝た後にひっそりと相談し合わずにはいられないような類イベントだ。幸い、警察にお世話になるようなビッグイベントが発生していないのが救いである。以前話題にしたような保健室登校や進級の危機なども然り、家出や浪人や現在のニート生活も、普通の家庭では1つ2つで済むイベントを着実に発生させている。家では「普通にしてて」とよく言われた。見た目は大人しそうで、賢そうに見えるのも厄介で、だから奇行に奔った時の衝撃が凄まじい。

普通っていうのが何なのか全くわからない。私は至って普通に生活しているつもりだ。変わってるよね、変だよね。どこが?誰もちゃんとは教えてくれなかった。

次に発生しうる合法的なイベントは……と考え始めて怖くなってやめた。そろそろ祝福されるようなイベントが出て来てくれないと、あまりに不幸のバランスが悪すぎるのでないか?人生山あり谷ありいうけれど、私の場合は生まれた時エベレストくらいの山にいて、ずっと下山を続けているような感じだ。麓まで行ったらまた違う山に登れるのか、疲れ切って諦めてしまうのか。登山家のように「そこに山があるから」というモチベーションの自信がない。きっと新しいチャンスが来ても山というよりも、壁にしか見えないような気がしてならないのだった。


2013/06/08(sat)

『私をいつも応援してくださっているみなさん、本当にありがとうございます!私が今こうして人生の圏外(無職)にいても笑顔でいられるのは、会う度に、カナコなら大丈夫だよ、頑張ろうねって声を掛けてくださるみなさんがいたからです。何も自慢できる事がなくて、自信がなくて、全然ダメダメな私ですが、少しでも早く選抜入り(就職)できるように精進してまいります。直接一人一人にお礼が言いたいので、より多くの握手会(食事会、飲み会)に参加させていただきたいです。「(酔い)潰すつもりで来て下さい」と言えるように上(上戸)を目指したいと思います。みなさんこれからも応援宜しくお願い致します!』


2013/06/07(fri)

「思いやりがない」「人間として欠陥がある」「君は人間じゃない」と言った内容のメールが届いた。自覚があるから相手に腹が立つということはない。むしろそれらの言葉を噛み締めてみる。だけど、心の奥底で化石みたいになってしまっている優しい気持ちを訪ねてみて、やっと言い返す台詞が「なんかごめんね」。「なんか」は余計だったかなとか思いながら。

私は、白か黒か、0か100か、みたいな極端な性格をしているせいで、こういったことが度々起こる。中途半端なことが大嫌い。でも、世の中中途半端でウジウジした性格の人が多い。そんな人に対して「で?何がしたいの?どうしたいの?自分の意見を言いなよ」って追い詰めるのが好き。自分のことはすっかり棚に上げて。

だいたいが優しい言葉をかけて欲しいだけのかまってちゃんでしょう?それって私のことなのよ。同類を見てると私はまともな人間ですって振りをしてついイジメちゃうんだよね。自分の悩んでること、ダメなとことか、同じように悩んでいる人を励ますことで自分を励ましたい律したいみたいなことってみんなも経験あると思うんだけど、私の場合、励ますではなく叩きのめすというかなり荒々しいことをするので嫌われる。ただ、一部の人には需要ある。Mなんだろうな。私も罵られたいからこの役交換こしよう。


2013/06/06(thu)

母がパーマでもかけようかしらと言い出した。私とは違って猫っ毛な母は無造作ヘアーでもなんとなく可愛らしいのだが、確かに最近はずっと同じ髪型だったから、たまにはいいんじゃないのイメチェンって背中を押してあげた。
一緒にネットでヘアスタイルを見てみたり、本屋さんでヘアカタログ立ち読んだり。しかし「ミセス」「大人の」「銀座レディー」などのそれらしいタイトルを探してみるものの、ちっとも参考にならない。出来る女、いい女、素敵な若奥様、そんなイメージがピッタリくるようなものばかりだ。とにかくモデルさんが若い。最終的には美容師さんと相談するからいいわって少し拗ねていた。中高年向けのヘアカタログってないのかしらね。でも、美容室から帰って来た母はるんるん気分で満足したみたいだからホッとした。
「キクチさんすごく上手だった」って美容師さんの名刺を渡して来たので見てみると大きく「カネコ」って書いてある。私が人の名前を覚えられないのは母譲りなのだなと改めて思いその遺伝子に可笑しくなったのだった。



2013/06/05(wed)

誰かと食事に行った時のお会計での微妙なやりとりと言えば?想像するのはひとつだ。
女友達同士なら別会計で自分の分だけ払うか、「今日は(ここは)私払うよ」ってなるか、誰かが払ってくれた後にいくらだったか確認して少し多めに渡すか、この凡そ3パターンだろう。
これが男性との食事だったら、私は男性が払うものって思っている節があるのだが、現代は恋人関係であっても割り勘にするカップルもいるくらいだから私は少し時代錯誤してるのかもしれないらしい。
レジの前であるいは店を出てから、お金のやりとりをしなくてはいけないのがなんとなくスマートさがなくて好きではない。またお互いにお財布を出し合って「いいよいいよ」ってやる感じや、払った方がいいのかな…と顔色を伺わなければならない感じも、ミニコントでもやっている気がして疲れるのだ。
そんな憂鬱タイムを回避すべく男性が年上である場合に限って、確実におごってもらえる方法に辿り着いた。題して「前もって自分から言っちゃう作戦」!
事前にわかっている食事の約束ではその約束の段階で、もし当日に食事する流れになったら食事中に、ストレートに「奢ってください!」あるいはしおらしく「ご馳走になってもいいですか?」と意思表示をしてしまうということだ。全く親交がない初対面の相手には出来ないが、ある程度知ってる関係であれば成功率は100%、実践済みだ。自分から食事誘う時でも「ご飯奢ってください!」と悪びれもなく言ってしまう潔さである。
悪びれのなさがポイントで、当たり前のように言えば、当たり前のことなのかもしれないと相手を錯覚させることもできるのではと思っている。断られたことないけれど、あまりに経済的に自分の方が上の時は使うのは心苦しいのでそこらへんは良心と相談かな。
……という話を兄にしていたら、「お前人間腐ってるのな」と言われた。最初に何故この作戦に至ったかに触れてある通り、自分がお金を払いたくないからという目的だったわけでも、何でもかんでも奢ってもらう気満々なわけではないのだが、結局、ちゃっかり、にんまり、な流れが出来てしまっている以上、兄の言うことはごもっともである。腐りかけが美味しいと言うけれど、もう手遅れなんだろうな。



2013/06/02(sun)

街コンに行ってみよう!と初めて話題に上がったのが3月の終わりだったか、当時まだ社会人目前にウキウキしてた頃だ。それから2ヵ月経ち本気で街コン参加を企てた。種類豊富でどれに行くかを調べる段階で壁にぶち当たる。開催地や時間帯もさることながら、条件なども多彩であった。同年代の人のみにターゲットを絞ったもの、男性のみ年齢制限が高めのもの、学生フリーター参加不可なもの、男性は社長さんしか参加できないものなどなど。
とりあえず初めての参加ということもあり、なるべく条件などなく色々な人が参加するタイプのものが初心者向けだろうと思って探した。その結果ついに男女200人ずつの大規模街コンへ参加が決定したのだ!そして昨日、一体どういった感じなのか全く想像がつかないまま、ドキドキで会場へ向かった。

お店に入り、席に着き、周りを見渡す。総評して、女性は可愛い子が多く、男性は中の下の集まりといった印象だ。街コンがスタートし、同じ席に着いた男性2人組みと会話をすることになったのだが、初っ端からフルスロットルで質問攻め。そりゃあ、知らないもの同士なのだから当然と言えば当然だが、そのテンポというかスピードというかテンションというかが全く噛み合わない。私と友達は、わりとマイペースでゆっくり話したいと思っていたし、普段から会話をリードしギャーギャーしゃべるタイプでも派手なリアクションで盛り上げるタイプでもないので、その会話のスピードに取り残されて、1個目の質問を処理してる間に次々と送られてくる質問に開始早々疲れ果てていた。男性が入れ替わり、他の人が来てもその感じは変わらず、さらに「もう帰りたい・・・」度が増していくばかりだった。席に座っていると、運営スタッフによってどんどんと男性が誘導されてくる。疲れてゆっくりしたかった私達はわがままを言って、男性を通さないでくれるように頼む始末。「空いている女の子いませんか?」と女子会がしたい気分でスタッフに声を掛けると、「みなさん異性の方との交流を求めていらっしゃってるので・・・」と正論を言われた。もはや、何のために来たのかわからない状態に。

話した男性からの連絡先交換の申し出は全て断り、特に収穫もなかった。ご飯を食べに行くって感じでも楽しそうって思ってもいたのに、料理の種類は少なく、特に美味しいわけでもなく、社会勉強にしてはとっても高い授業料になってしまったと嘆きながら、後半はほとんど友達と2人きりで飲んでいた。終了後にみんなで2次会やりましょう!みたいなのに誘われたり、個人的にナンパされたりしたけど、苦笑いでかわして、友達とウインドーショッピングしてから、もつ鍋屋さんでのんびり過ごすのだった。

「私達こういうの苦手だったよね」「場違いだったかもね」と楽しめなかった言い訳を並べながら、「モテたいよねー」とのんきな事を言ってるのが一番楽しかったのだから、やっぱり私達はモテない。



2013/05/28(tue)

ついこのあいだ地に足がついていないダメな男と2度目の烙印を押したばかりの彼と会ってきた。別れることになった時も、私は彼に理由を明確には伝えることはなかったし、久しぶりに連絡を取った理由も暇だったからと濁していた。
だから、今日会った時に私は彼に正直に打ち明けた。「私は貴方と結婚したいと思っていた」と。結婚という単語を私が発したことに彼は意外だと驚いていたけれど、笑いながら僕も母親にはそう言ってあったと告白をされた。彼のお母さんとは何度も会ってて話をすることもあったから、彼のお母さんが私のことをとても気に入っていたと彼から言われた時には、あのまま付き合って本当に結婚が成立することになっていたら、順風満帆だったかもしれないなと今は無き幸せに思いを巡らせた。でも、現実は将来が見えない彼を捨てて、2年後の今も彼に幻滅しているのである。なんでちゃんとしてくれてないのって理不尽な言葉を彼に浴びせながら、2年越しの想いのやり場に悶々としていた。「僕は何回かなちゃんを失望させるだろうね」と反省とも言い訳ともとれるような反応に私は「頑張ってね」と間の抜けた台詞で答えるのだった。とりあえず、私は今でもそこそこ彼が好きで、でも付き合う気などはさらさらなくて、だから7年前、出会う前からやり直したい。ツンデレってこういうやつであってますか?次の春は来るのでしょうか。



2013/05/27(mon)

今、私のiPhoneのSafariの検索ワードの履歴には、「精力剤」「精力剤  効果」などという文字が並ぶ。検索してみてわかるのが、悩んでいる男性、そしてそういった男性を彼氏旦那に持つ女性の多さである。コンビニやドラッグストアなどで栄養ドリンクに並んで、「マカ」とか「マムシ」とかが書かれた精力剤系ドリンクが置かれているのを目にする。割と種類も豊富で常時売られているからきっと需要がそれだけあるんだというのは伺えていたが、ネット上でみなさん熱心にどれがいいかと女の子がコスメを選ぶみたいに色々試した感想を語ったり相談したりしているのが少し愛らしく感じながら見ていた。
結局のところ、コンビニやドラッグストアで売っている精力剤はサプリメント的な栄養補助食品の扱いであるらしく、あまり効果はないそうだ。毎日服用して、体に栄養を与えて元気にするというのが役割である。なので、即効性が欲しい方はネットで購入するというのが一般的であるらしい。輸入品がイイと語ってる方もいて、輸入品で思い浮かべるのがバイアグラなどのアメリカ製という先入観があったが、多くの人がオススメしているのは中国のものだった。
そもそもなぜ私がこのことについて調べ始めたかというと、ある男性に相談をされたからである。その時は私には相談に乗るだけの知識もないし、そんなの同性の友達にしろよって思ったんだけど、たくさんの人がネットで悩みを打ち明けているのはリアルには相談できる人がいないからなんだなというのもわかっきて、なにもアドバイスにならなくても話を聞いてあげるくらいの力になってやろうと思えるようになった。ちょうどドラマ「ラストシンデレラ」でも遠藤くんがそんな役をやっているなぁなんて思いながら、ちゃんと情報収集しちゃうあたり私って本当にいい子。褒められないから自分で褒めるよ。

2013/05/26(sun)

先生が嫌いだからという理由で授業をサボる生徒だった。それが反抗期、思春期真っ只中の中高生ではなく、小学校2年生の時から発症しているのだから私はとことんお騒がせな子どもだ。理由は何だか忘れてしまったけれど、たぶん子どものことだし大した理由でもないんだろうけど、当時の先生が嫌い過ぎて一時期保健室登校をしていた。朝元気よく家を出て、朝の会だけ参加して、その後保健室へ行ってお茶飲んだりゴロゴロしたりして、頭痛いなどというくだらない理由で母親呼び出して迎えに来て貰って帰る。気分がいい時は給食まで食べて帰る。そんなことを繰り返していた。その先生は1学期で辞めた。もちろん私のせいではなく、色々と保護者と揉めるような先生だったのだ。代わりに来た先生はすぐに大好きになり保健室登校は卒業した。抱き付いたり可愛子ぶったりして先生のお気に入りになった。そういう才能には長けているらしい。
それが遺憾無く発揮されたのは高校1年の終わり。大好きな先生の授業は成績が良くなるというかつての実績を裏切り、全く赤点しか取れなかった化学。何の実験をやっているのかすらわからないまま授業が進むから、そのレポートを出せと言われてもちんぷんかんぷん。結局は提出物も出さないから平常点もほぼゼロ。定期試験で赤点だと呼び出されて追試か追加課題が出されるのだが、それをやったこともない。こんな状態だから進級が危うい事態に。
ただ、暇な時に化学準備室に行っては担当の先生と話すということをずっと続けていたから、先生とは相当仲良くなっていた。3学期の期末終わりに、案の定呼び出された私が準備室へ行くと、「君は時間かかるから一番最後に来い」と言われ他の赤点者の面談が終わるのを待っていた。部屋から出てくる人は平常点を加算する為の何枚にも渡る課題プリントを抱えていた。私もついに化学と向き合う時が来たか…と覚悟して最後が来たので部屋に入ると、先生に「どうする?」って聞かれた。ポカンとしてると、続けて「まさか化学を受験科目に使わないよね?」と言い、言い終えるか終えないかくらいで「ないないないない!」と私が反応すると、ホッとした表情でたわいもない世間話を始めた。2時間くらい話していたかもしれない。机に突っ伏しながら上目遣いで話す29歳白衣のイケメン教師には相当きゅんきゅんした。帰り際に、「私の課題って…?プリントあるんだよね?」と聞いたら、「君はどうせやらないからいいよ。今日ので大丈夫。」って。1年間のツケを2時間の世間話で終わらせた!無事進級も出来た!
就活もこう上手くいかないものかね。
私「今後の選考ってどういった感じに進みますか?」
人事「普通はあと2回面接あるけど、君は今日ので大丈夫だよ!」
で、無事採用。ないかな。ないよね。



2013/05/25(sat)

アキバカートという公道を走れるレンタルゴーカートを体験してきた。普通に私服で乗る予定だったんだけど、ネコ耳でも付けとく?ってなって、やっぱり衣装着る?ってなって、まんまとアキバの街に溶け込むコスプレ。何年振りだろう。それにしても違和感。
ゴーカートは普通免許があればOK!操作を最初に教えてもらえて、少し練習したら公道へ。たいしてスピードが出てないのにかなりの体感速度。アクセル踏み込むの怖かったけど、徐々に慣れてきた。遊園地とかでもあまり好んで乗るアトラクションではなかったんだけど、思ってた以上に楽しい。リアルマリオカート状態。アキバ駅周辺をぐるぐるして、その後スカイツリーまで。低い車体から見上げるスカイツリーは圧巻の一言。
しかもゴーカートが公道を走ってるだけで注目の的!小さな子供から、おじいちゃんおばあちゃん、外国人観光客さん、バスやタクシーやトラックの運転手さん、浅草の人力車の運転手さんにまで写メ撮られまくり。話しかけられまくり。自然とドヤ顔。本格的に暑くなる前のこの時期に是非体感してみて!友達とはしゃいでも良し、恋人と一風変わったデートでも良し。話のネタになるよ!

取材記事はたぶんココにUPされるはず(http://ddnavi.com/serial/anime-bu

撮影時に「もっと可愛い感じで!」と注文された可愛い感じが似合わない私が必死の形相な写真などがお楽しみいただけるかも。一緒にカートに乗って先導してくれたネネさんが巨乳すぎて最後に抱き付いた時気持ちよかった……

アキバカートさん(http://akibanavi.net

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2013/05/24(fri)

私は性格が悪い。小さい頃からその素質があった。例えば、自分が食べているお菓子をちょうだいと言われても絶対に渡さなかったし、そのお菓子を地面に落とした時にだけ「それあげる♥」って落ちたお菓子を指差して微笑むような子どもだった。
恋愛におけるこんな私の性質を「お姫様体質」と勝手に命名している。私をもてなして欲しい。私が嫌な事は貴方がやって欲しい。その2つで成り立っている。その代わりに私は貴方との時間を過ごし、楽しそうな表情を浮かべて、可愛い自分を演出し、貴方が喜びような言葉を選んで言って差し上げるのよ。ギブアンドテイク。お互いが気持ちよくなれる関係。
しかし、そのせいで昨日「お金がない人と会っても仕方ないでしょ?」と言う発言に見舞わされた。私のおもてなしに、お金が必要だと思われているらしい。これは少し見当違いだ。つまりは、この人は私をお金でしか楽しませることが出来ないということだ。可哀相だ。私が。



2013/05/23(thu)

仕事何してるんですか?という何の悪気もない問い掛けに、無職ですって答える時、自分の中では「無職です(笑)」というニュアンスで言っているつもりなのだが、「無職です(泣)」や「無職です(怒)」と受け取られて慌てられることがある。聞いちゃいけないことに触れてしまったような気持ちになるのだと思う。彼氏いるんですか?と聞いて、私レズなので、と斜め上の回答に殴られたような気分になるのと似ているかもしれない。求めている答えはそれではなかった、と。
私は、相手の求めているものに応えることが出来ないということが少なからずある。そういった点で、私は空気の読めない的外れのとんちんかんであると言えよう。ポジティブに自称できるなら不思議ちゃんで天然な愛されキャラだ。色んな表現がでてくるあたり、人への評価というものは、本質に由来するのではなく、相手への好意の度合いに重点が置かれているように思われる。逆説的に考えてみても、不思議ちゃんで天然な愛されキャラと聞いて超絶ブスを連想しないし、空気の読めない的外れのとんちんかんと聞いて会いたいと思えるような魅力ある姿を想像することは不可能に近い。
だから、この人は私のこと好きなのかな?っていう意中の相手を見つけたら、その相手からの質問には斜め上の答えをしてみよう!そして、後日その人の友達に私のことをなんと言っていたから探りをいれて、「天然な子」って言っていれば、もう手中に入ったも同然。ただし、1番怖いのは自分のことが話題に上らないこと。あまりに痛すぎると、隠したい、なかったことにしたいと思われるよ☆ハイリスクだけどお試しあれ!責任は負いません。



2013/05/21(tue)

まとめて3つ降ってきた就活の知らせを2日間にねじ込んで、それをやり切った昨日今日。
堅実でいくか、ベンチャーという名のアドベンチャーに出るか、迫られている。堅実を選ぶなんてことは未だかつて私の人生にはなかった。ちょっぴり刺激がありそうな方へと吸い寄せられて、で、まあ、失敗するんだけどね。次こそは!という心持ちで、バツ2に至る。2度あることは3度あるのか、3度目の正直になるのか、占い師みたいにどっちともとれるような表現の分岐点に立っているのだ。失敗を怖れたら何も始まらないという気持ち半分、次失敗したらシャレにならないという気持ち半分。挑戦して後悔するのと、挑戦しないで後悔するのと、どっちがいいって聞かれれば当然前者を選ぶのだが、そう単純には出来ていない。
堅実派が2社、1社は選考に進めれば連絡が来て、もう1社は来週に面接をすることになっている。ベンチャー企業は、明後日までには連絡すると言われた。面接が決まっているところ以外は祈られる可能性もあるから、今悩むのは時期尚早というか皮算用になるかもしれない。けれど、まだこっちが会社を選ぶ立場で引く手数多の妄想をするくらいでしか就活の楽しみ方を見つけることが出来ない。2歳年下の就活生と肩を並べる気恥ずかしさを紛らわさせてよ。

2013/05/19(sun)

誕生日を迎えて。特になにも変わらずに、バイトとかしちゃって、大学生の後輩に24歳に見えないですよー、全然若い!ってバカにされてきました。
今日は5ヶ月記念なんでこれから彼氏とデートって弾ける笑顔を見せてくれたよ。
羨ましくなんかないよって納豆巻きを頬張るバースデーランチ。色気の一つも覚えたい。

2013/05/18(sat)

世の中には、失礼な人がいるものだ。性別で差別するのも申し訳ないけど、男は特に配慮が足りないように思う。
以前、ブラック企業を辞めた際に、労基署へセクハラやパワハラの被害を相談しに行ったことがある。労基署の相談員の話では、私が働いていた広告業は、そういうことがかなり多くて、相談に最もくる業界であるということだった。少し特殊なセンスが問われる業界ということもあり、自身家でワンマンな社長が蔓延っているらしい。そこで長く働く人達もまた、その業界に染まっている変わり者が多いそうだ。
私は自分でいうのもあれだが、一連の会社での出来事や扱いに傷付いていたし、その相談はそれはそれは切実な訴えであった。オーバーではない。だから、相談員の発言には衝撃を受けた。
「あなたも数年働いていれば、新人を虐めたりする立場になるんですよ」
正直言って、どうかしてる。少なくとも被害を受けた人に浴びせる言葉ではないんじゃないか。終いには、セクハラはここの管轄外だからって追い返される始末。今度はお前を訴えてやろうかと心底恨んだ。
そして、まだ記憶に新しい六本木の警察署での一幕で、喧嘩の当事者である私の友人に対し警察官が言った一言。
「お姉さんも酔ってるんだから…」
酔ってる??酔った勢いで被害を大袈裟に訴えてるとでも言いたげだった。被害者の彼女に対して、とんだ暴言だ。そもそも彼女は酔ってもいなかったし、仮に酔ってたとしても被害を訴える際に関係が無い。
本当に、世の中には、失礼な人がいるものだ。男は特に配慮が足りない。

2013/05/16(thu)

立派なビジネスマンになるんだ!何を持ってしてそうなったと言えるかは私にはまだ理解が及ばない。ビジネスマナー講座というものに以前参加した際、グループディスカッションの時間に、なぜ仕事をする上でコミュニケーションが必要なのかというテーマが与えられた。潤滑に仕事を進めていく為という大雑把な意見をまとめた私たちのグループだったが、潤滑に仕事をするまたそれに準ずる能力を立派なビジネスマンのそのひとつに定義することは見当違いではないと思う。
このことを思い出したのは、今就活中である私が、会社の人事とメールでのやりとりをしていることが発端になる。もちろんビジネスメールの内容云々の話ではなく、ビジネスマンとしての意識に疑問を投げかけたいのである。まず、簡単ところから言えば、メールは最初に送った方がそのやりとりの最後のメールを送るということ。要件があるからメールをするのであって、それに返信を貰ったら、その返信が疑問文を含むものでなかったとしても、ありがとうやよろしくお願いしますなどの言葉を付けてきちんとメールを確認している旨を相手に意思表示すべきである。さらに言えば、2営業日以内が期限だ。こんなことがビジネスマナーのマニュアル本等に載っているのかは、そんな類の本は読んだことがないからわからないけど、私の中では常識のこととして存在している。それがお互い気持ちよく仕事をする為(仕事の潤滑)に必要であると思うからだ。
それが出来ないような人が、会社の入口に立って採用活動をしてるのが可笑しくて仕方が無い。選ぶ立場の人らしく、きちんとしたビジネスマンであって欲しいものだ。私は人事の人の対応で会社を選ぶ。今のところはそう偉そうに言うだけは言わせて欲しい。まだペコペコしながら就職したいなんて気持ちはさらさらない。ゆとりは人に厳しく、自分に甘く、そして自己主張と他者批判だけは一人前!使い辛さ100%のイマドキ女子をお宅の会社にいかがでしょうか?



2013/05/15(wed)

辞めたブラック企業の人事を代行していた会社の人に、転職先を色々と紹介してもらった。紹介された会社の採用担当者から連絡が来たのだが、会社説明会へ参加して欲しいとのことで、つまりは14卒の新卒の人達と一緒に選考をするっていうことらしい。完全に第二新卒扱いというわけである。まあ、確かに10日しか社会人経験をしていないので、大学生と比べて秀でたスキルを身につけられているわけでもないのだから、賢明なご判断だと思った。それと同時に、もっと簡単に転職出来るんじゃないかと甘く見積もっていた自分が恥ずかしくなった。
ほとんど話がついていて、後は直接合って話して、んじゃ明日からよろしくねっていう流れを想像していたのだ。まあ、そこまでスムーズでなくとも、まさか、大学生と足並み揃えて何次にも及ぶ選考をするとは夢にも思っていなかったのである。
説明会の案内をされて、「是非、参加させて下さい!」と声をワントーンあげて元気良く答えた私は、かつて就活生だった姿に戻っていくような気分だった。やたら頷きながら人事の人の話を聞いたり(聞いている振りをしたり)、必要のないことまでメモをとってみたり、質疑応答で仕事をしていてやりがいを感じたことは何かというお決まりの質問をぶつけてみたり、そういうTHE就活生に私はなるのだ。大学生の時でさえ暑い時期になってからは就活はしていなかったのに、25度を超える日にリクルートスーツを着て、笑顔を作って、私は本当に就職がしたいのか、全くわからなくなった。手帳に書き込んだ来週のスケジュールを眺めて、やっぱりこの話はなかったことに…なんて出来やしないかを本気で悩み始めている。これは、あれか、マリッジブルーみたいなやつなのかな。母さん、今日も娘は暢気が絶好調だよ!



2013/05/14(tue)

りりこが言った。化粧なんてドラッグみたいなものよ。

お肌の曲がり角など疾うに過ぎてしまった私は、あとはギリギリの現状維持と字の如く化けるしかならなくなっている。私の曲がり角は18歳だった。そこから5年、よく頑張っている方だ。小学校では陸上部、中学ではテニス部だったバリバリのスポーツ女子は、元々焼けやすい体質も合間った過剰な日焼けの後遺症でほっぺたにはそばかすが残るものの、ニキビとかいわゆる肌荒れというものとは割と無縁に生きてきた。
しかし、最近は少しの無理でお肌のザラつきや赤みが気になるようになってきた。特に生理前・中になると一層に酷い。基礎化粧品があってないのかなって見直してみようとアットコスメの口コミを食い入るように眺めたり、ドラッグストアで手当たり次第手に取って、見たところでわかるはずもない成分表とかキャッチコピーとかとを睨めっこしながら、自分の肌の将来を託せるパートナー探しに必死だ。
メイクアップの化粧品にも気を遣うようにようになった。今までは1000円台のBBクリームを乱暴に塗ってるだけで良かったのに、今では、日焼け止め、下地、ファンデをしっかり使って、ハイライトでキラキラさせてくすみがない肌に化けるのに労力を費やしている。労力だけでなく、アイテム数増えるので必然的にコストも費やすことになる。子供の頃は収入もないけど、お金を使う宛も少なかったように思う。下手くそな化粧も可愛げがあって、安い服でも構わなかったし、ボサボサの髪でも愛らしくあった。ましてや、制服という最大の武器があって、若さは透明感を与えてくれた。つい、昔を振り返って遠い目をしてしまう。
最近、誕生日おめでとうというメルマガやDMが引っ切り無しに届く。年を重ねる事が正直怖い。コラーゲン、プラセンタ、美白、アンチエイジングというキーワードに完全に取り憑かれている。女子に生まれたからには、この呪縛からは決して逃れられないんだろう。私は真っ向勝負という名の浪費をし続ける所存だ。



​2013/05/13(mon)

母の日から一夜開け、残っていたケーキを食べながら思った。私、ケーキ好きだなあって。何の話かと思うかもしれないけど、女の子の幸せなんて本当にくだらないものである。どれほど美しくデコレーションされたケーキに感動しても、次の瞬間には甘いクリームと真っ赤な苺の記憶しか残らない。そんな一瞬一瞬の儚い幸せで出来ている。
好きと言うのはどういう感情なのかと考えてみるが、説明出来るものではないらしい。嫌いにはいくらでも理由があるが、好きに理由も付けるとどれもしっくりはこなくなってしまう。そんなあまりに抽象的な理由に支えられた感情で人は人を好きになるんだから、ふと我に返る感覚でその感情を手放すことは容易であるように思えた。好きなものを、毎食出されたら食べたくなくなる。好きな人にだって毎日会ったら、飽き飽きしてくる。そしてそのきっかけなんて風船に針を落とすくらいの小さな衝撃によってもたらされるのである。
小学生の時からの友達が、彼氏とは24時間一緒に居たいと言ったのを思い出した。私には無理だなと笑っていたけど、よくよく過去を思い返してみると恋人と会う頻度こそ少なかったが、1度会うと1週間くらい泊まるなんてこともしていた。ずっと一緒にいることが苦ではなく、会いにいくプロセスがめんどくさいということなのかもしれないと自己分析。会ったら、離れ難くなるくらいにはきちんと女の子らしさを兼ね備えているようである。でも、少し物足りないくらいでいたいんだよね。その欲求を次会う為の原動力にしたいの。腹八分目、何事もお腹いっぱいになってはいけないのだ。満たされてしまうことと失うことはいつだって隣り合わせ。だって私の後ろで誰かが針を落とすタイミングを見図らっているのだから。

2013/05/11(sat)

合コンと言うのは生まれて初めての経験だったが、イメージしていたものと同じでいて何か違う、そんな違和感を感じていた。盛り上げようとしている感じ、お酒をがんがん飲む感じ、それは大学生ノリ合コンのイメージで30歳を過ぎた大人たちのものではないと思っていたからである。昨日の合コンはただ少しいいものを飲んだり食べたりできる以外は、そこらへんの大学生と変わらないものだった。どんな感じなのかと開始前に女子同士で緊張していたのが今思うと阿呆らしい。
梯子に梯子を重ね5軒目の最後のお店で、私の友達の女の子が完全に酔い潰れた。テキーラをだいぶ飲んだようだった。彼女は自ら周りを巻き込みながら飲んでいたせいもあるが、それに付き合った男性は俺が悪いんじゃないと責任逃れの台詞しか出てこないことに幻滅した。大人らしく「ちょっと飲み過ぎだよ。少し休もう。もう止めとこう。」という言葉のひとつも与えることが出来なかったのか、と。少し離れた個室で介抱して傍に付いていたら、いつの間にか男性たちは全員いなくなっていた。潰すだけ潰しておいて最後は放ったらかし。これほど誰かを薄情と思った経験はない。力の抜けた人間を抱きかかえるのはとても苦労を要した。一人爆睡をして残っていた男性になんとか連れ出してもらい彼女をタクシーで送り届けることをお願い出来たが、取り残された私を含む女子3人は電車もないので始発まで待たなければならなかった。自然と苛立ちと嘆きの言葉が出てくる私たちに追い打ちをかける出来事が起こる。
六本木のマックで始発まで時間を潰そうと入ったら、40歳代のおっさんに「何頼むの奢ってあげるよ」と言われ断れるような空気でもなかったので甘えることにした。珈琲を一杯ずつご馳走になったせいで、つまらない話を聞く羽目になった。やたら海外と経済に詳しいのかそういう話が多かったり、いきなり日本国家歌えって言われたり、うんざりしていた。そして何かにつけて私の腕を掴んでくるのは非常に不快であった。そろそろ場を離れようとご馳走様と伝えそそくさと帰ろうとしたら、奢ってもらってその態度は無いだろとキレられた。私に連絡先を教えろとキレ気味に言ってくるので、連絡先教えてもらうのは構わないけど、交換は出来ません、名刺あるなら受け取りますと伝えても、ショートメール送るから電話番号寄越せの一点張り埒が明かない。途中で電話をかけると言って逃げたのだが、電話してる間ずっと傍にピッタリとついて離れてくれなかった。電話中私を心配して近くにいた友人に対しお前はあっちいってろって暴言を吐き始めたので、友人がなんでそんなこと指図されなきゃいけないんだって刃向かったら、おっさんは持っていたオレンジジュースを彼女の顔面向かってブチまけた。そっから掴み合いのケンカ。通行人も止めてくれて大ごとにはならなかったけど、顔も髪も服もオレンジジュースにまみれてしまった彼女に申し訳なく思った。110番して警察署まで行ったが、とくに何もなく謝罪をするだけで終わった。この信用出来ないもので溢れている社会を生きるには24歳ではまだ器用さが足りないなと早朝の地下鉄で俯きながら脱力するのだった。



2013/05/10(fri)

どこからが浮気?なんて質問は良く聞く。2人きりで会ったら?手を繋いだら?キスをしたら?人によって色々基準があるだろう。今週放送の『マツコ&有吉の怒り新党』で、夏目ちゃんはキスをしたらダメ、2人きりでの食事はダメではないけど機嫌は悪くなると思うと答えていた。この考えに近い人は多いかもしれない。それほど浮気に対しては、シビアなのだと思う。独占欲、支配欲って恐ろしい。「そういうことじゃないんだよって愛っていうのは。本気で人を好きになったことがないから悠長なことが言えるんだね君は。」って質はともかく恋愛経験だけは豊富そうな奴に言われそうな気がする。もちろんぐうの音も出ないのだが。私は自分を抑えられないくらい人を愛したこともないのは紛れもない事実である。
何かが欠落している私は、浮気の線引きを「こそこそと隠れて複数回会うようになったら」としている。一回限りの関係は全然構わない。場の空気を読み、女の子に恥とかかかせるような扱いはして欲しくない。大人の男女ですもの、キスでもセックスでも好きにすればいいと思う。ただ、継続的に1人の人と会うようになるというのはいただけない。気分が盛り上がっちゃって2、3回立て続けに会うくらいならいいけれど、週1ペースで断続的となると、その為に嘘をつくことを考えると毎週その嘘を聞くのは相当不愉快だと思う。遊びは容認してるのに、更に嘘をついてまで隠れて何かするのはちっともカッコ良くないじゃない。いっぱい仕事をしていっぱい遊ぶカッコいい大人が好き。浮気が本気になって失楽園するカッコ悪い大人はごめんなさい。こんな定義で浮気を語らせてもらえるなら、私は浮気をしたらきっぱりと関係を解消すると言える。しかし、浮気は絶対に許せないよねっていう一般女子とは隔たりが大きすぎて苦笑いで相槌を打つしかないのだ。何事も価値観を合わせるというのは結構大変である。



2013/05/09(thu)

中高の同級生と昨日BARで飲んでいた。去年の8月以来なので久しぶりの再会である。よく考えたら、私たちの付き合いは長いが、一緒に飲むのは初めてだった。私がお酒を飲めなかったのもあるし、昼間に会うことがほとんどだったからでもある。大人になったんだなぁ…。12歳で知り合った私たちが24歳を迎えるのは少しぎこちなく、とても誇らしげに感じた。

まだ平日の8時であまりお客さんは多くなかったが、近くの席のおじさん達に一緒に飲もうと誘われたのでご一緒することにした。「私たちもうすぐ誕生日なんです」ってアピールしたら(友達も誕生日が近かった)、花火つきのカクテルを注文してくれた。真っ暗にして音楽が流れて、知らない誰かからのお祝いでもすごく嬉しかった。気が付いたらおじさん達に、私の友達はトロちゃん(トロそうだからと言う理由だった)と呼ばれ、私も名前を聞かれてトロちゃんのトロを鮪の大トロに変換していた私は、海の幸が頭を駆け巡り、「カニちゃん」と命名した。カナコだし、カから始まるのは責めてもの誠意だった。後に私たちが互いに名前で呼び合うのですぐにそれは暴露てしまったが、何と無くこれっきりの関係には偽りを持ち込みたいものである。3、4杯お酒をご馳走になって、BARへ来る前にも飲んで来ていたから、程よく酔っ払っていた。カラオケ行こうと誘われ、全然乗り気じゃなかったし帰りたかったけど、出口に立たれてそそくさと帰るにはタイミングを失ってしまったので付き合うことにした。隣には、私のことを好きだった石塚さんに似ていると言ってきた1番若い29歳のラコステのセーターを着た男性が座った。私は1番端に座っていて、隣は彼だけだったので、話すのは必然的に彼とだった。別に悪い人ではないのだけれど、ネチネチしていて終始鳥肌は立っていた。合コンとか行ったことはないけど、こんな雰囲気なんだろうなというのが少し味わえたような気がした。電話番号を聞いてきたり、結構本気なんだよねって耳元で囁かれる。私はお前の本気って僅か数時間で生まれるものなのかよって冷めたツッコミを心の中で繰り返していた。私は紳士的な人が好きだわ。連絡先は聞くものじゃなくて、渡すものでしょ。距離の詰め方間違うと女の子は逃げて行ってしまうのがわからないんじゃ、この人は彼女できなさそうって低評価をクリックしたのだった。トロちゃんがトイレへ行って部屋に戻ってきた時、私と彼との間に座らせた。

帰り際に、周りからも楽しそうな2人として映っていたと他のおじさんから言われて、付き合っちゃえばという無責任な発言もされ連絡先を渡されたが丁重にお断りしてご馳走様でしたと頭を下げ足早に去った。仲が良さそうにするくらい簡単なんだから、女ってのは計算高くて怖い生き物だよね。

2013/05/07(tue)
好きでもない人とだって付き合ったりすることも往々にしてある。人間というのは損得を考える生き物だ。モデルとか医者とか、聞こえのいい職業の人と付き合うのも自分を高めてくれるステータスのように感じるし、自分よりもいくらか財力がある人ならば少しの贅沢をすることができる。
しかし、自分優位に恋愛が運んでいたとしても、傲慢で強欲にはなりなくない。そりゃあ、デートの日に雨が降ってるからっていう自分勝手な理由でドタキャンをして振り回す程度の、可愛らしい我儘な態度をとるくらいはさせて欲しい。ただ、好きならばそれを態度で示せとばかりに、高級品を貢がせるなんてことをはしたことはないし、して欲しくもない。あまりに可愛げがないし、ダサすぎる。
贈り物はもちろん嬉しい。だからこそ、その好意を踏み躙りたくない。私は贈り物を選ぶ時間がとても好きで、相手のことを一生懸命考えたり、喜んでくれたらいいなって真剣に時間を費やす。もしかしたら幸せな時間ベスト5くらいにはランクインすると思う。だから、もらう時もその相手の大切な時間独り占めにして、またそれが想像できるような贈り物に心弾む。大切な人からの贈り物だったら、500円くらいのハンカチでも私は浮かれてしまうくらい喜ぶだろう。
もうすぐ誕生日が近いこともあって、よく何が欲しい?って聞かれるので、とりあえず新しいお財布とサングラスが欲しいと答えておく。しかし、私は欲しいものは自分で買いたい派である。以前わたしが口走った物を覚えていてプレゼントしてくれるのはとても嬉しいが、自分では買わないような物をもらう方が実はもっと嬉しい。そこには、この人は私にどんなイメージを抱いているかが見えるからである。逆に人への贈り物も、相手が欲しいものをリサーチしたりせずに、あげたいものをあげる。だからそろそろ、今年の誕生日には、へんてこで愛くるしい贈り物をくれるような猛者が現れてはくれないかと密かに期待してやまない。無駄に重たい謎の置物とか、グッときちゃうね!


2013/05/06(mon)

先日、2年前に別れた男性に別れてから初めて連絡をした。4年半程お付き合いをしていた方で、相思相愛のとてもよい関係だったが、別れは呆気なかった。
当時私が21歳の大学生、彼が25歳でフリーターに近い形で働いているような人だった。「海外へ留学してくるよ」ともう決定してると言わんばかりの報告に、私は唖然とした。「地に足がついていない」という人を初めて目の当たりにして、ひどくショックを受けたのを覚えている。それからは、その人との将来が描けなくなって、別れることにした。

それでも、思い立って連絡をしたのは僅かに燻っていた想いがあったからだ。もし今真面目にサラリーマンでもやってくれている人だったら、不満もなく元サヤになれるかもという淡い期待もあった。しかし、もう28歳を迎える年齢の彼の近況を聞いて驚いた。
「今年の秋くらいに留学すると思う」
は?イママデナニシテタノ?2年前と何も変わっていなかった。いや、むしろ成長していないだけにマイナスだ。やっぱり地に足がついていない男と明白になった瞬間、別れを決断した2年前の自分に喝采を送るのだった。それと同時に、人のことは言えないニートが何を抜かしおると、自分を蔑む感情とも闘わなければならなかったことに気持ちが沈む不安定な生活。ため息が止まらない。



2013/05/04(sat)

何をしている時が幸せかと聞かれたら、食べている時と寝ている時と答える。この返答に、「可愛らしいなあ」と思ってくれる人もいるから、これはこれで模範解答であるようにも思える。
けれど、この質問の本質はと言えば、何が好きか?ということである。生理的な欲求を挙げるのは実にナンセンスだ。この人はどういった人間であるかの手掛かりとして、何に興味があって何が好きかというのは大きな判断材料となる。当然、ここから会話が広がっていったり、それを通じて仲が深まっていったりもするのだろう。そのきっかけを相手に与えない私は、つくづく本当につまらない人間だと思う。
同様の質問になるが、趣味を聞かれたらもっと答えられない。読書、写真、映画映像、アート、お笑い、アイドルなどなど、全部好きだが、何も語れるものがない。受動的に見ているだけで満足するタイプで、発信共有はできない。極端に言えば娯楽が好きで、なんとなく時間を潰せるような使い捨ての趣味であるから、そこまで真剣にどれものめり込んだ事もないのである。少し好きっていうレベルで趣味と言って良いのかと怖気付いて、結局は「食べることと寝ること」と言うクソ寒い返答をするのだった。
こういった劣等感もあって、私はちゃんと趣味がある人を尊敬してしまう。趣味がある人と一緒にいれば、その趣味に巻き込んでもらえるから、私も同じ趣味を手に入れられたかのような錯覚を楽しむことが出来るのだ。主体性がないと批判されるかもしれないが、何にも縛られていない無趣味であるからこそ一時的にではあるが多趣味になれるのだから、一概にマイナスばかりでないように思えるのだ。のらりくらり。自己主張が強くて、自己中心的なくらいのキャラの強い人が大好き!

2013/05/03(fri)

無職になってから思うこと。空白になっている予定を埋めるのは思ったよりも大変で、かと言って何もしないのは不安でしょうがない。私は、もともと外向的な人間ではないし、人との繋がりを大事にもしてこなかった。私を肯定してくれる人が周りに少し居てくれて、たまに会うくらいで楽しくやってこれたのだ。月に1度くらいのペースでしか人付き合いをしたくないと思って、今まで学校行くか、バイト行くか、あとは家にいるそんなルーティンを過ごしてきた。だから、人と会う予定を自ら作ってスケジュールにねじ込むという、ある意味新鮮な作業に励む私に一番近くにいる家族はとても驚いているようだ。
そうは言っても人付き合いは苦手だ。人付き合いというよりは、友達作りと言った方が正しいかもしれない。黙っていると、遠くから見ていると、私はとても知的でクールに映るらしい。それがとても嫌だった。けれど、私はそれを壊して打ち解けるほどの勇気もない。知りあってからの時間が経てば経つ程に、その偽りの姿が増大していって、諦めるという方法でしか自分を騙すことが出来なくなっていくのをただ受け入れるしかなかった。人付き合いを諦めた結果として、中学、高校、大学時代の友人の連絡先など私の携帯にはほとんど残っていない。何百人という人と出会っているのに、それを私の人生のプラスにすることが出来ないのがこの頃は悔しくてならない。
人生が充実するためには、1人ではだめなんだと気付く。そこから早く抜け出したい。不本意ながらも独りよがりはもう充分過ぎるくらい満喫したのだから。そんな思いもあって色んな人と関わっていきたいと強く願うようになったのだった。不器用な自己表現を磨くために、まずは掴みが大事かなって、一人きり部屋でモノマネの練習に一層時間を割いている矛盾も今はまだ優しく見守っていて欲しい。



2013/05/02(thu)

毎度のことではあるが、かっこいいと思われそうなことに拘りをもっております。
今日、旅行に行くならどこ?って話になって、香川県の直島とか、青森で県立美術館に行きたいとかを挙げていた。石川県金沢でもいいし、新潟でも…と一貫性が溢れるチョイス。新潟では大地の芸術祭に行きたかった。
旅行行ってきて、芸術に触れてきている感じ、美術館とか行っちゃう感じ、センスがいいって思われたい願望が凄まじい。もちろん興味のある場所ばかりだし、建前ってわけではないんだけど、単に美味しいもの食べたいとか温泉浸かりたいとか、それらを全面に出すよりはかっこいいと思ってやっている。しかも、図々しいことにわずかにでも共感してくれる人がいるのでないかと期待をしてしまうのである。
かっこいい旅行の話は、そんな所で、旅行に行く相手の話を少し。恋人ではない異性と旅行に行くのはどうなのだろうか?つまり今回の旅行はその彼とのものである。4年程前に知り合い何度もデートらしきことをしているので、全く好意がないわけでも、勿体ぶってるわけでもないのだが、はっきりしない関係がむず痒くなってきた。だいぶ前から好きとは言われてきたが、本心かどうかは全然わからないし、その懐疑心から私は彼を好きになることもなかった。一定の距離を保ちつつ、たまには踏み込んだり踏み込まれたりな関係は、お付き合いをするという体裁を取らないだけに、気楽なものだと感じている。しかし、これが旅行とか泊まるとかになるとそうも言ってられなくなってきた。わりとオープンに両親には何でも話すタイプなので、この彼との旅行をどう説明しても小言を言われそうで、それも心が痛むのである。付き合ってと言われれば、付き合うと思うけど、天邪鬼が過去に沢山予防線張ってきたから、了承した途端に彼が私への懐疑心に悩むのではないかとも思って申し訳なくもなって、自分の立ち位置を完全に見失っているのだった。



2013/05/01(wed)

昨日は8ヶ月振りにある方とお会いした。かつて私は友人や家族に、その彼の話をする際「あんまり面白くない人」と形容していた。何がどう面白くなかったのか、思い出せないけれど、印象というものは怖い。彼にはこのことを懺悔しておいた。たぶん思うに、自分の中での「面白い」が単純に馬鹿馬鹿しくて笑えるようなもの、あるいは共通の趣味などで白熱できるものなどに限られていたからではないか。短絡的に言えば、私自身が馬鹿で無知で幼かったということだ。限られた価値観の中にいたことに気付かされる。
この8ヶ月の間に、私はブラック企業を辞め、大学を卒業し、再び就職してしまったブラック企業で退職に追い込まれ、無職になるというハードな経験をしてきた。その中でどれほど私の価値観や視野が広がったかは定かではないが、結果はどうあれ経験してきた内容は自分自身のプラスになっていることが多いように思われる。世の中って、大人って、と語るには24のぺーぺーでは説得力もないが、少しは理解してきたつもりだ。だからこそ慎重に次の策を練りたいし、思慮深くありたいと思っている。そういった心持ちを会得できたおかげで、昨日は彼の話を聞いていて、真面目な話につまんないってちゃちゃを入れつつも、とても楽しく時間もあっという間に過ぎた彼の謎の人脈に感心しながら、かっこいい大人の姿を再構築した。出不精な私に対し、父が今は人と会うことを仕事だと思えって言ったのも有難く感じる。
幼い頃、今よりずっとわからずやな私たちに大人たちは「大人の言うことは聞きなさい」と言った。この言葉の意味を命令に従うと解釈をして生きてきたが、話を聞くという意味で発してたとしたら、世の中の大人たちを褒め称えたくなったのである。



2013/04/30(tue)

街でカップルを見る度に、あぁこんな人でも恋人がいるんだなって、見下しながらも眩しくなる。なんとか張り合ってみたくとも、結果的には私の方が負け組なのだ。「無職、もうすぐ24歳、夢も希望もありません、料理できません」こんな女のどこに需要があるのかと。
恋愛に向いてないって言っていた友人が、あっさりこないだ彼氏ができたと報告してきた時には、世の中やっぱ不公平だと嘆いたけど、それでも時間だけは売る程あるから、一丁前に私も恋人が欲しいなって思ったりする。長いこと恋人がいなくて、欲しいと思いながらも、今まではいないよりはいた方がマシかなって程度で少しも本気では考えてはいなかったけど、今はいないと自分の価値を見出せなさすぎて悲しくもなってくる。私は、磨いたら宝石なるなんて都市伝説にしか思えない程、現実はただの石ころだ。
今、就活をして、自己PRを促されても何ひとつアピール出来ずに終わる気がする。ポジティブで自信家でなんでもとりあえずは器用にこなせるタイプって言うのは表向きで、実際マイナス思考が止まらない。だめだ、なんかよくわらない、うーん…と声にもならない声を出したり、唸ってみたり、じたばたして、どこにベクトルが向いているのかもわからない欲求への不満にストレスが溜まり続けている。楽しいことを、妄想の世界だけで完結させるのを辞められたら、私はもう少し人生を謳歌できるのにと、自覚しているだけに達が悪いようである。



2013/04/29(mon)

自分自身の成長を実感するのはどういう時か。早起きができるようになったとか、自炊をしているとか、生活面における些細な成長や、責任感が出てきたなどの精神面の成長もあるだろう。それらを、大人になったと感じることとして括ってみた場合、私はある一つの要素を欠かすことができない。それは、味覚の成長である。すぐにはピンとくるかわからないが、日本酒の美味しさに気付いたり、わさびなどの薬味に粋を感じるなどと言い換えれば腑に落ちるだろうか。今まで知らなかった味覚に出会う不思議な感覚だと思う。昨日までは好きではなかったものを急に美味しく感じたり、あんなに大好きだったものをパタリと食べなくなってしまうってことが度々にある。
その中でも甘味に関する味覚について大きな境界線を感じたので紹介したい。まずは、甘いお菓子を想像してみてほしい。自分は甘党じゃなくて辛党だという方もいるかもしれないが、それもこの話に無関係ではない。
ショートケーキやチョコレートなどの洋菓子、あるいは饅頭や羊羹などの和菓子、どんなお菓子が好きだろうか?そのいずれであっても、私は口にした瞬間、そのお菓子が好みの味であるかを決定づけるコメントをすることとなる。
「あんまり甘くなくて美味しい」
これぞ、大人ではないかと思う。子供が甘くなくて美味しいと言っているのを聞いたことがないし、自身を振り返っても甘ければ甘いほど喜んで食べた記憶しかない。グルメレポートでも、「思ったより甘くなくて美味しいですね」「甘さ控えめで美味しいですね」なんてコメントを何度耳にしたことか。さらに言えば、甘くないことを、「上品な味」と表す程であるのだ。
結論、甘くないが好きになったら、大人。いかがでしょうか?
珈琲に砂糖を大量に入れるのを甘党と言ってる、そんな冗談おやめなさい。


2013/04/28(sun)

暇になると自分へのせめてもの言い訳に求人情報を見る。見るというよりは眺めると言った方が正しい程に真剣さはまるでそこにないのだが、形式上タウンワークで仕事探しをする無職の目に止まったのは、ラブホの清掃員のアルバイトの求人だった。一日置きの出勤で、約24万の収入が得られるという割りのよさに興味が楚々られた。当然、そういう行為が行なわれた場所の清掃であるから、ただゴミを拾うのとは訳が違う。
部屋に入った瞬間、付けっ放しになったままのAVの映像がテレビに映ってるかもしれないし、独特の匂いだってあるかもしれない、シーツが血まみれってことも考えられるし、何かわからない液体に触れて手を引っ込めるかもしれない。あらゆる感覚を刺激される空間が出来上がっていることが容易に想像がつく。たぶん、普段よりも5割増くらいに部屋を汚すんだろうなあ、と。
恋人との熱で気持ちが高ぶった5割の尻拭いをするって考えてみたら、途端に汚されることも愛らしく感じてきて、ほんとしょうがないなあって言いながら仕事をするのかもしれないと思えてきた。はしゃいじゃったのね、やんちゃが過ぎるわよ、おほほほほ。想像が妄想の域に達した瞬間、ふと我に返った。そうして訪れた無の極地。その中で私は、きっと仕事とは何も考えずに、割り切って与えられたことをこなす能力を発掘する場であるような気がしてならなくなった。

2013/04/27(sat)

先日友人たちと飲んでいたら、隣のテーブルにいたおじさま集団に話しかけられ、その中の1人がエロメンをやっているということだった。
「エロメン」という職業はご存知だろうか?わりと最近になって有名になってきている、女性向けのAVに出演する俳優さんのことを指すらしい。テレビなどでも特集されているのを見ていたから、お酒の席だったこともあり、その時はすんなりと受け入れてみたけど、今になっては自称だったかもしれないとも思い始めている。
自称の疑惑は残るものの、エロメンに会ったことで、とりあえず社会勉強と思って女性向けのAVを鑑賞してみた。行為そのものに重点をおく通常のAVに比べ、雰囲気を楽しんだり、本当に愛のあるSEX、いわゆる女性が理想としているものを作り出しているような印象を受けた。制作も女性が中心になって行なわれているというから、納得がいく。こんなSEXがしてみたいという性的欲求が、こんな男性としてみたいという感情に昇華されたことにより、エロメンはイケメンが演じ、黄色い声を浴びるような存在にまでになっているのだろう。
性について、仲が良い間柄であってもなかなか女性同士で話す機会は少ない。むしろ、後ろめたさや、気まずさでいっぱいになったりもする。そんな中、このようなエロメンを作りあげた制作に携わる女性達には、尊敬以外の言葉では言い表せないほどの希望を感じる。案外、きっかけを、引き金を引いてさえしまえば、もっと女性同士フランクに語り合えるのかもしれないと一人で何度も頷いてみるのだった。



2013/04/26(fri)

今日も平日を持て余してることについて。本来ならば、新社会人として辛いことにも耐えながらただ1日を一生懸命に乗り越えている予定だったんだけど、4月10日、入社10日目にしてまさかの解雇通告。そして今年の新入社員が全員辞める展開。何が起こったって感じだよね。

よくよく思い返せば、内定通知をもらった日からなんだかおかしかった。その違和感を抱えながらインターンを始め、更にその違和感を増幅させるようなことが、ほんとにフィクションかのように立て続けに起こっていた。少しずつ確実に狂っていく環境で、自分の感覚の方がおかしいんじゃないかって思うこともあったけど、新人同士で洗脳されてないことを確かめ合うことだけが、唯一の救いだった。
セクハラ、パワハラ、宗教的洗脳など、どれかひとつでも大変だというのに、色んなものが一気にやってきて、あまりに理不尽な退職へ追い込まれたことが納得できず、闘うことにした。始めは、何も補償する義務がないと言っていた会社も、私の本気度には抗えずに補償金支払うことで和解した。0円から、ここだけの話、3桁万円も受け取ることになったのだから、泣き寝入りなんてするもんじゃないなって思う。闘いの最中での私の名言を置いておこう。
「法律の力でブン殴ってやるよ!!!!」 正当法でやってやりました。大人気なかったですか。



2013/04/25(thu)

唐突だが私は今まで、まともな恋愛をしてきてない。初めてのキスをしたのと同じ日に、別の男の子ともキスをするような女だった。自分本位であるわけではなく、どちらかと言えば相手が求めるものを先回りで提供するサービス精神の塊だと思っている。だけど、それってすごく疲れるからつい本心が剥き出しになると、相手が唖然とする程にズタズタにしてしまう。甘い蜜で誘っては食い殺すのだから、流行りの、○○系女子と言った言葉に倣って言えば、私は食虫植物系女子になるだろう。
無論、犠牲者も少なくない。だから、過去にお付き合いした人数を聞かれたら、1人と言うようにしている。先述の通り、聞かれても答えられるような恋愛をしてないからだ。こうやって予防線を張っておけば、初めからないものを誰も聞いてこない。この体質を魅力的に表現すれば小悪魔ということになるのかもしれないが、自分でそう言うのもおかしな話で、本当はただの悪魔であることには気付いている。
そんな悪魔も近頃は大人しくしているのは、出会いがないと言うお決まりのフレーズを口にはしているが、本当のところは甘い蜜すら出す若さも失ってただの臆病者に成り下がっているからである。正々堂々と闘うには自信がなさ過ぎる。自分のどこにも魅力がない、武器もない丸腰。正直今のままだと、お見合いか一生独身かくらいしか見えてこない。社会人になって自立することが悪魔スイッチを押してくれると思ってたんだけど、それもまた遠退いてしまったようだ。

2013/04/24(wed)

カフェに1人で入って外を眺める時、どんな表情をしていようかと悩むことがある。誰も私のことなんて見てないことは重々承知の上だが、過剰な自意識が掠める。
他の人がどう過ごしているかが気になってチラチラ見て挙動不審。時間を潰す為に入ったのに、落ち着かなくなって、滞在時間もそこそこに出ることになっちゃうんだよ。
時間を潰す為のカフェを梯子する。だから、私の浪費が止まらないんだろうなって改めて気付いた。いつの間にか消える千円札。本当のお金持ちは、形に残らないものにお金を使うんだって、お金持ちな誰かがテレビで言ってた。その素質だけは充分にありそうなのに、稼ぐ能力も、齧る脛もないんだから本当に困り果てる。

今日は、そのお金持ちのような時間潰しを経て、旧友と7ヶ月振りに会った。近況などを知らせたり、これから何をしていこうかを相談していたりと有意義な時間を過ごせた。蓋し名言である一言をいただいたので教訓にしたい。どんな仕事がしたいかと聞かれて、「かっこいい仕事がしたい」「すごいと思われたい」「偉くなりたい」と、将来の夢は社長ですっていう子供と同じような発言をする私へのお言葉。

「一時のかっこ悪いこと、失敗とか、そういうのを我慢できないから、かっこいいところまで辿り着けないんだよ」

実に深いというか、私の性癖をよく理解しておられる。さすが伊達に付き合いが長いわけじゃない。ありがたく頂戴いたします。

と、とりあえず明日から頑張る。

2013/04/23(tue)

今日、久しぶりに証明写真機に潜り込んだ。就活の写真はきちんと写真屋さんで撮ったから、本当に久しぶり。

想像以上に綺麗な仕上がりで、撮り直しもたくさん出来るし、進化しているんだなって思った。それに引き換え私は全然成長…ってネガティブな話は置いておいて、実は海外へ行こうかと思って、パスポート用に写真を撮ったわけ。

元々大学4年中に就職決まらなかったら、短期で留学しようとしてたから、今いい機会だし行っちゃおうかなって!
それでさっき早速留学説明会に行ってみたんだけど、人生観変わるよとか、絶対にオススメとか、そんなゴリ押しがすごくて、それだけでお腹いっぱいになって開始早々に帰りたくてしょうがなかった。もちろん相手も仕事だからってのはわかるんだけど、カウンセリングという名の営業トークがキツすぎて解放的になりたい気分が完全に萎縮してしまった。私には海外にも向いてないのかなぁと、またひとつ増えた自分への失望を抱えて、やっぱり家が一番と殻に閉じこもる無職23歳。一体どうしたものか。



2013/04/22(mon)

​ラーメンズ片桐仁さんの展示を見に渋谷PARCOへ行って参りました。感想とかは、もはや言葉に出来ないね。片桐さんの言葉を借りるなら生で見ないとわからないってやつ。だから、それについては話したいわけじゃないんだ。
実は、渋谷に来たのが17日振り  。その前はだいぶ間もあいていたから、頻繁に来てるのではなくて、ただ17日前の出来事に思いを馳せていた。
4月5日、まだ社会人をやってた時分。初の花金ってことで、同期3人と飲みに渋谷へ。終電もなくなって、結局朝までだらだら過ごしていたんだけど、その時に話していた話題が全員女子にも関わらず、ガールズトークには一切ならなかった。前日に社内で大きめのトラブルがあったこともあり、会社というか経営者がマジでやばいって話で延々と。言葉にして並べて見ると、本当に酷い内容ばかりでゾッとした。
半分くらいは冗談でいつ辞めようか、なんてことも3人で話してて、まさかその時はこんな日がすぐに訪れるとも思ってなかったけど、不満のある場所では結局長くは働けなかったと思うし、早めに辞めれて精神衛生上良かったのかもって今は思える。
そんなことを思い返しながら、駅に向かって歩いていると、ハチ公前あたりで、雑誌のインタビューをしているのを見掛けた。初任給の使い道をホワイトボードに円グラフで書いてもらって写真を撮るというもの。不意の初任給という単語にドキッとして、同時に親孝行という単語も頭を過った。
後ろから、ちょっとお姉さんすみませんって声を掛けられいるのには気付いていたけど、気付かない振りをして私は全力で逃げた。もしかしたら、小走りくらいしていたかもしれない。それくらいドキドキしていた。お父さん、お母さんもう少し待ってて下さい。

2013/04/21(sun)

こないだいつもお世話になってる美容師さんと、近くにある花屋の話題になった時のこと。

あそこの花屋は種類が豊富でよく使うんだって言っていた。どうやら女性への贈り物で利用するらしい。
私は最初、えっ家にお花飾るんですか?ってあまりに女子力がない反応をしてしまって恥ずかしくなったんだけど、花束をいただく機会なんて、本当に稀なことで、人生でも両手に収まるくらいしかないし、よく利用するってレベルに人に花束を贈るような素敵な習慣も私の周りでは行なわれていない。
急に彼が素敵な男性にも見えてきて、しかも花を贈ることを当たり前のようにあまりに飾らずに話すものだから、私の生きてる場所が荒んで感じたりもした。
そんなこともあって、女子力が足りない私でも、花屋を見かけると少しだけ目線を忍ばせてみる。今更、信用されないかもしれないけど、もともと花は好きなんだ。ガーベラとかチューリップとか、ハッキリした存在感のある花が好き。いいことがあったら自分へのご褒美にしようって思ってたりもする。だから、今日も私は「最近の気分は、断然ひまわりだな」なんて、花束を抱えるのを想像して花屋を通り過ぎる。



2013/04/20(sat)

本日ホームページを開設しました。特にコレといって目的はないんだけどね。

毎日、色んなことを考えてて、考えてはいるんだけど、その大半は数時間後、寝てしまったら忘れてしまうようなことばかりで、結局後ろ振り返ると何も考えずに生きてしまっているような気がして焦るんだ。

「最近いいことあった?」とか、「今ほしいものは?」なんていう質問にすぐに答えられないという感覚に似ていると思う。確かに、その時点では思っていた感情や思考が、いつの間にか引き出しの奥の方にあって、しかもそれがなかなか開けない一番下の引き出しで、手探りではどうにもならなかったりするんだ。

決して、「忘れる(思い出せない)=自分にとっての重要度が低い」ではないと思う。覚えていることの方が奇跡的なこととさえ感じる。だから、やっぱり残しておかないといけないんだろうなって。その時の自分を、その時だけの自分にしないように。確かに、自分だったって思えるように。手にとって確かめられるように。

そんなことを考えて、カチャカチャと文字を連ねることにしたんです。

本当の理由はヒマだからじゃないの?と思われているとすれば、それも正解です。

暇になってしまった経緯など、追ってお話しする機会があると思う。なんでもあり!



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